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おすすめ度:
反語的で逆説的な文章読本
(2008-08-21)
たくさんレヴューがありますね。驚かされるのはこれをハウツー本として読んだ、もしくは読もうとして購入した方があるという事実です。これは私が大学のときの教養課程での日本文学で副読本として使われていましたが、およそシノプスもハウツー本としての紹介の色彩はなかったようです。時代は本当に変わってしまいました。中身は、矛盾した部分が満載です。だって、最初から「言語や文字で表現できることの限界とその限界内に止まる」ことを指摘する文章読本とは逆説的な作品です。でも相互に両立しえない目的をある瞬間バランスさせる、それこそ芸術なのでしょう。むしろこれは谷崎の日本文化論といっていい作品です。陳腐化した印象を与える部分はたしかに存在します。そしてフェミニストには到底許すことのできない部分も。そしてステレオタイプとして非難されてしまう日本文化論も。でもここで谷崎が日本の美点と特色としてあげている点への共感はどの世代まで可能なのでしょう?字面とルビの選択の部分はこれまでは意識することのなかった指摘です。
確かに文章読本。しかし
(2007-06-02)
谷崎はここで自身の何ものも暴いていない。
「文章読本」は、彼の創作の秘密を暴いているわけでもなければ、コツを教えてくれてるわけでも、断じてない。
これは「文章読本」を読んだ後、谷崎作品を何でもよいから一つ、読み直してみればすぐにわかる。
ここに書かれているのは、(他の作家のみならず、自らの文章を引き合いに出したりしているものの、)一般的な文章の常識ないし、模範的な「いい表現」で、この本から谷崎作品を理解しよう、解剖しようと思っても、必ずすぐに行き詰まる。
これで文章をわかった気になると(実にわかった気にさせられてしまうが)かなり大事なものを見落とす。
大変勉強にはなるが、いい意味で、それだけである。
文学を解くカギでもないし、これにより文章家が谷崎や志賀の様ないい作品を書けるようになるものでもなかろう。
(この本に書かれているようなことは文章家なら、本来自分で気づいていることであろう。)
そういった点は川端康成の「新文章読本」と同じで、筆者は自分の創作の秘訣を暴いているわけでは決して無い。
購入に際しては、そこを期待しすぎてはいけませんよ、とご注意申し上げたい。
数ある文章読本の中ではイチオシ!
(2007-04-16)
時代は異なりますが、今でもそっくりそのまま通用する教本であると言えます。他の読本では多少気になる説教じみたところが全くなく、極めてオープンで素朴、人間の五感を考慮した幅広い視点で「文章」について語られており、谷崎氏の美しい文体の秘密が解説されているような気がします。とりわけ、谷崎氏の英語に関する教養や、新しい動きに対する前向きな姿勢には感動すら覚えます。
コトバの深みに気付かされる
(2007-02-16)
日本的な精神を追求した著者だからこそなし得る、日本語の深みが語られている。
谷崎 潤一郎と言えば、日本が誇る文豪ですが、そんな人に日本語を学べるという
のは、とても素晴らしいことではないでしょうか。
本書において、文章の書き方に対する著者の主張は、いたってシンプルであり、誰
もが納得いくことであろうと思います。つまり、どうしたら読者に理解してもらえ
るか、が追及されています。
とは言え、コトバは、すべての物事を完璧に言い表せるのもではないので、分かっ
てもらうための様々な工夫が述べられています。
本書の内容は、今となっては「少々古めかしい」ように感じる方も、あるいはいる
かもしれません。それは人それぞれなので、とやかく言うことではないでしょう。
確かに、コトバは常に変化するものです。しかし、そうだとしても、現在のコトバ
のあり方を自明とせず、不容易な変化を単に追認せず、どのようなあり方が真に日
本語であるかを考える必要は決してなくならないでしょう。そして、その際のヒン
トになるのは、日本語の伝統の中にあるし、忘れてはならない日本語があるはずで
す。
このような意で以って本書を読む時、単に分かりやくい日本語は何かということだ
けでなく、二重の意味で、意義深いこととなるでしょう。お薦めです。
日本文化論であり実用的でもある本
(2007-01-05)
文章論における古典的名著。丸谷才一は「最初の『文章讀本』としてこの種の述作の型を定めた」と書く。
とは言え慎重に読まないと誤解を生じてしまう箇所が少なくなく、「文章に実用的と藝術的との区別はないと思います」は誰が読んでもおかしい。日常の文章を『春琴抄』や『盲目物語』のようには書かない。実際、本書では繰り返し文章における感覚的要素、字面や音調にいて著述家の文章を引いて説明しており、最後の「含蓄について」に至って、これは谷崎の日本文化論であるということが分かる。
とは言うもののこの書の実用的な価値は高く、本書で述べられている「異を樹てるな」、前後の文脈から判断すると奇を衒わずわかりやすい言葉でかけ、という指摘は案外守ることが難しいものの、日常的な文章を書く時の指針としたいと思う。
おすすめ度:
反語的で逆説的な文章読本
たくさんレヴューがありますね。驚かされるのはこれをハウツー本として読んだ、もしくは読もうとして購入した方があるという事実です。これは私が大学のときの教養課程での日本文学で副読本として使われていましたが、およそシノプスもハウツー本としての紹介の色彩はなかったようです。時代は本当に変わってしまいました。中身は、矛盾した部分が満載です。だって、最初から「言語や文字で表現できることの限界とその限界内に止まる」ことを指摘する文章読本とは逆説的な作品です。でも相互に両立しえない目的をある瞬間バランスさせる、それこそ芸術なのでしょう。むしろこれは谷崎の日本文化論といっていい作品です。陳腐化した印象を与える部分はたしかに存在します。そしてフェミニストには到底許すことのできない部分も。そしてステレオタイプとして非難されてしまう日本文化論も。でもここで谷崎が日本の美点と特色としてあげている点への共感はどの世代まで可能なのでしょう?字面とルビの選択の部分はこれまでは意識することのなかった指摘です。
確かに文章読本。しかし
谷崎はここで自身の何ものも暴いていない。
「文章読本」は、彼の創作の秘密を暴いているわけでもなければ、コツを教えてくれてるわけでも、断じてない。
これは「文章読本」を読んだ後、谷崎作品を何でもよいから一つ、読み直してみればすぐにわかる。
ここに書かれているのは、(他の作家のみならず、自らの文章を引き合いに出したりしているものの、)一般的な文章の常識ないし、模範的な「いい表現」で、この本から谷崎作品を理解しよう、解剖しようと思っても、必ずすぐに行き詰まる。
これで文章をわかった気になると(実にわかった気にさせられてしまうが)かなり大事なものを見落とす。
大変勉強にはなるが、いい意味で、それだけである。
文学を解くカギでもないし、これにより文章家が谷崎や志賀の様ないい作品を書けるようになるものでもなかろう。
(この本に書かれているようなことは文章家なら、本来自分で気づいていることであろう。)
そういった点は川端康成の「新文章読本」と同じで、筆者は自分の創作の秘訣を暴いているわけでは決して無い。
購入に際しては、そこを期待しすぎてはいけませんよ、とご注意申し上げたい。
数ある文章読本の中ではイチオシ!
時代は異なりますが、今でもそっくりそのまま通用する教本であると言えます。他の読本では多少気になる説教じみたところが全くなく、極めてオープンで素朴、人間の五感を考慮した幅広い視点で「文章」について語られており、谷崎氏の美しい文体の秘密が解説されているような気がします。とりわけ、谷崎氏の英語に関する教養や、新しい動きに対する前向きな姿勢には感動すら覚えます。
コトバの深みに気付かされる
日本的な精神を追求した著者だからこそなし得る、日本語の深みが語られている。
谷崎 潤一郎と言えば、日本が誇る文豪ですが、そんな人に日本語を学べるという
のは、とても素晴らしいことではないでしょうか。
本書において、文章の書き方に対する著者の主張は、いたってシンプルであり、誰
もが納得いくことであろうと思います。つまり、どうしたら読者に理解してもらえ
るか、が追及されています。
とは言え、コトバは、すべての物事を完璧に言い表せるのもではないので、分かっ
てもらうための様々な工夫が述べられています。
本書の内容は、今となっては「少々古めかしい」ように感じる方も、あるいはいる
かもしれません。それは人それぞれなので、とやかく言うことではないでしょう。
確かに、コトバは常に変化するものです。しかし、そうだとしても、現在のコトバ
のあり方を自明とせず、不容易な変化を単に追認せず、どのようなあり方が真に日
本語であるかを考える必要は決してなくならないでしょう。そして、その際のヒン
トになるのは、日本語の伝統の中にあるし、忘れてはならない日本語があるはずで
す。
このような意で以って本書を読む時、単に分かりやくい日本語は何かということだ
けでなく、二重の意味で、意義深いこととなるでしょう。お薦めです。
日本文化論であり実用的でもある本
文章論における古典的名著。丸谷才一は「最初の『文章讀本』としてこの種の述作の型を定めた」と書く。
とは言え慎重に読まないと誤解を生じてしまう箇所が少なくなく、「文章に実用的と藝術的との区別はないと思います」は誰が読んでもおかしい。日常の文章を『春琴抄』や『盲目物語』のようには書かない。実際、本書では繰り返し文章における感覚的要素、字面や音調にいて著述家の文章を引いて説明しており、最後の「含蓄について」に至って、これは谷崎の日本文化論であるということが分かる。
とは言うもののこの書の実用的な価値は高く、本書で述べられている「異を樹てるな」、前後の文脈から判断すると奇を衒わずわかりやすい言葉でかけ、という指摘は案外守ることが難しいものの、日常的な文章を書く時の指針としたいと思う。
