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カスタマーレビュー
おすすめ度:
医療が直面する壁
(2008-09-24)
「医療崩壊」の著者による新書。
大病院の部長という重責を担いながら、講演活動や執筆活動に取り組む著者の主張が前作に比べて解りやすく書かれている。その論調は医療をとりまく、患者意識や報道、死生観に焦点が絞られており、社会論のような様相を呈している。
医療崩壊の要因は既に多数論じられているが、その大元として、著者は患者と医療の齟齬を上げている。これをなるべく少なくするために、もしくはその齟齬を明らかにするために、国民的議論を提唱している。
主観的感想だが、医療が直面している壁、医師不足、患者意識(消費者意識への変質か?)の変化や報道の無責任などは、医療のみならず、日本社会が抱える行き詰まりそのものであると思える。医療崩壊は国民の生死を分かつ重大問題なのに、社会が対応できない。社会が機能不全に陥っている現状をまざまざと見せ付けていると思える。
医療崩壊を画期として「報道の責任」や「患者の倫理」が認識され、医療に対して、医療従事者とともに報道や患者・国民の社会的責任が立ち上がってくることになればこれほど素晴らしいことはないのだが・・・。
楽観的すぎる感想を述べましたが、医療問題に留まらない内容を含んだ著書です。
医師サイドからの反撃
(2008-08-23)
医療事故についての、医師側から見た意見が書かれているとみていいだろう。
本書で強調されているのは、医療というものが完璧に安全で、必ず死から救ってくれるものだというのが幻想だということだ。
医療というのは性質上、患者の体を傷つけるのだから、必ず危険があるのだ。
そこを無理に完璧な安全を求めるから、やむを得ないような結果まで、患者が死んでしまったならば過失致死に問われたりしてしまう。
そんなことをやっていたら、医師になるものは誰もいなくなってしまう。
今の司法で起きているのは、国民の単純な感情への迎合である。
今の医療の体制にも大きな問題はある。
医師の教育などには特に改善されるべき点がたくさんある。
だから今の医療崩壊をなくすために必要な組織改革と法改正と国民の認識の転換が急務である。
我々の持つ「医療への過度の期待」が大きな問題をはらんでいることがはっきりと見えてくる。
メディアではあまり取り上げられない医師の声は貴重だ。
ただし、ところどころ医師の側に偏りすぎではないかという意見も見られる。
あと、名前を借りるためでしかないような、あまり意味のない引用もやめた方が良かったような気がする。
しかし、医療問題を考える上でコンパクトにまとまっている本であることは間違いない。
医療と人生について考えさせる良書
(2008-03-19)
『医療崩壊』には及ばないが、今の日本の医療が抱える深刻な問題を分かりやすく論じた良書だと思う。特に本書は、「医療の限界」、つまり、「人は必ず死ぬ」「医療は不確実だ」ということに焦点を当てており、読者に自分を振り返ることを促す内容になっている。
10年ほど前、近藤誠医師の『患者よ、がんと闘うな』を読んで、「よく生きるためには、死を受け入れなければならない」ということを痛感した。本書は、日本人の死に対する心構えのなさが、いかに医療をゆがめ、崩壊の危機を招いているかを、わかりやすく説いている。司法への批判も、的を射ている。
一般論として、ものを論ずるとき、各人が自分の立場を擁護するのは当然だ。それをタブー視したら、言論の自由は死んでしまう。本書は、医師によって書かれたにもかかわらず、よく客観性を保っている。医者や病院が治療の失敗をごまかすことは、過去にしばしばあったし、今でもあるだろう。著者はそれを認めつつ、解決策を提示している。批判は、具体的にするべきだ。「旧弊な医師はやめさせて、新しく民主的な医師を養成すればよい」というような案は、まともな頭の産物とは思えない。
今でも、患者の言うことになかなか耳を傾けない医者に不満を抱くことはあるが、近年、医者の患者に対する応対は、目立って良くなったと感じる。にもかかわらず、医者への攻撃は、かえって強まっているようだ。本書への論評を読むと、私には、多くの人が自分の一番痛いところを突かれていきり立っているように見える。
著者は、さまざまな本を引用、紹介していて、いずれも著者の思考過程をたどる上で興味深い。
最後に一言、割り箸事件の原告は、単に「医師の責任の有無」を争ったのではない。男児が死亡したことに対して9000万円近い賠償金を要求したのだから、医師に少しでも責任があれば、過失相殺が問題になるはずだ。
残念ながら、前著から進歩無し・・・
(2008-03-14)
前著『医療崩壊』のマイナーアップデートです。
前著には★★★★をつけましたが、1年後に出版された本書には★★2つです。
理由は単純。「進歩が無い」からです。
幸運にも前著と本著の発行の間に著者の講演を直接聴く機会を得ました。
講演も踏まえて、本書を読むとよく分かったのですが、著者の考え方の根底には何やら、本当の「医療正義」とは無関係な何かが見え隠れします。
医療はあくまで、患者の生命・健康を守ることが、第一義です。
無論、それは患者(=病客)のあらゆる注文に応える事とは似て非なるものです。
患者の言うことなら、何でもカンでも聞けばいいものではありません。
ただ、そのことが患者や患者の家族が医療に「期待してはいけない」ということにはならないはずです。
事実、私自身、現場の医師達は、社会的に「いじめられた」から声を上げだしたのではないと思っています。
医療政策や医療を取り巻く風潮が、医療を歪め、その実害が正に「患者に」及ぶようになり、
医者個人の「努力」だけでは患者を守りきれなくなってしまった、責任を果たせなくなってしまった、からこそ医師達が発言しだしたのが実態です。
医療に必要とされているのは、第一に「患者を守る」システムであり、「医者の免責システム」ではないはずです。
そういう意味で「医者を責めれば、患者を守るシステムが構築できる」と勘違いしているマスコミや警察の発想は本末転倒です。
しかし「免責システム」があれば患者を守れるかと言えば、やはり答えはノーです。
東大を卒業し、虎の門病院にお勤めになっている著者は「医師免責システム」を構築し絶対に自分に火の粉がかからない環境を目指しているのでしょう。
医者を責めれば医療が良くなるとは思いません。しかし、医者が取るべき責任から逃げ出しても、医療は良くなりません。
講演会で飽くまで「免責システム」を主張する著者に、私は医者として違和感を覚えました。
治療前に現実的リスクを知り、心構えする
(2008-03-04)
医療=いかなる事態が治療中に起きても、その危機を回避でき、それができない場合は医療過誤として医療従事者が多大な責任を負う。
司法・メディア(世論)・患者とも、これが常識として刷り込まれているが、医療従事者からすれば、毎回不確実な自体に備え対処し続けており、ミスでなくとも患者の期待する結果が得られぬ場合が往々にしてあるのが実際のところ。
その不確実の結果を、現在のように医療従事者個人の責任とするのではなく、不確実因子を少しでも減らす為に、その原因をフィードバックしたシステムを構築し、犯人探しゲームはやめようとの主張に大いに賛同した。
著者の勤める虎ノ門病院では、その方向で努力されており、情報公開、調査委員会、医療安全推進委員会、報告制度などにより担保されている。
公的病院であるからこそできるのだろうが、医療費予算の分配を、このシステムや患者と医師が対立しない補償制度に費やすことなく、開業医に偏った現状のままであれば、「立ち去り型サボタージュ」は減らず、米のように医療は金持ちだけが受けられるもの、になるのではないかと危惧する。
世論が誤った選択を続けないよう、広く読まれて欲しい本の一つだ。
おすすめ度:
医療が直面する壁
「医療崩壊」の著者による新書。
大病院の部長という重責を担いながら、講演活動や執筆活動に取り組む著者の主張が前作に比べて解りやすく書かれている。その論調は医療をとりまく、患者意識や報道、死生観に焦点が絞られており、社会論のような様相を呈している。
医療崩壊の要因は既に多数論じられているが、その大元として、著者は患者と医療の齟齬を上げている。これをなるべく少なくするために、もしくはその齟齬を明らかにするために、国民的議論を提唱している。
主観的感想だが、医療が直面している壁、医師不足、患者意識(消費者意識への変質か?)の変化や報道の無責任などは、医療のみならず、日本社会が抱える行き詰まりそのものであると思える。医療崩壊は国民の生死を分かつ重大問題なのに、社会が対応できない。社会が機能不全に陥っている現状をまざまざと見せ付けていると思える。
医療崩壊を画期として「報道の責任」や「患者の倫理」が認識され、医療に対して、医療従事者とともに報道や患者・国民の社会的責任が立ち上がってくることになればこれほど素晴らしいことはないのだが・・・。
楽観的すぎる感想を述べましたが、医療問題に留まらない内容を含んだ著書です。
医師サイドからの反撃
医療事故についての、医師側から見た意見が書かれているとみていいだろう。
本書で強調されているのは、医療というものが完璧に安全で、必ず死から救ってくれるものだというのが幻想だということだ。
医療というのは性質上、患者の体を傷つけるのだから、必ず危険があるのだ。
そこを無理に完璧な安全を求めるから、やむを得ないような結果まで、患者が死んでしまったならば過失致死に問われたりしてしまう。
そんなことをやっていたら、医師になるものは誰もいなくなってしまう。
今の司法で起きているのは、国民の単純な感情への迎合である。
今の医療の体制にも大きな問題はある。
医師の教育などには特に改善されるべき点がたくさんある。
だから今の医療崩壊をなくすために必要な組織改革と法改正と国民の認識の転換が急務である。
我々の持つ「医療への過度の期待」が大きな問題をはらんでいることがはっきりと見えてくる。
メディアではあまり取り上げられない医師の声は貴重だ。
ただし、ところどころ医師の側に偏りすぎではないかという意見も見られる。
あと、名前を借りるためでしかないような、あまり意味のない引用もやめた方が良かったような気がする。
しかし、医療問題を考える上でコンパクトにまとまっている本であることは間違いない。
医療と人生について考えさせる良書
『医療崩壊』には及ばないが、今の日本の医療が抱える深刻な問題を分かりやすく論じた良書だと思う。特に本書は、「医療の限界」、つまり、「人は必ず死ぬ」「医療は不確実だ」ということに焦点を当てており、読者に自分を振り返ることを促す内容になっている。
10年ほど前、近藤誠医師の『患者よ、がんと闘うな』を読んで、「よく生きるためには、死を受け入れなければならない」ということを痛感した。本書は、日本人の死に対する心構えのなさが、いかに医療をゆがめ、崩壊の危機を招いているかを、わかりやすく説いている。司法への批判も、的を射ている。
一般論として、ものを論ずるとき、各人が自分の立場を擁護するのは当然だ。それをタブー視したら、言論の自由は死んでしまう。本書は、医師によって書かれたにもかかわらず、よく客観性を保っている。医者や病院が治療の失敗をごまかすことは、過去にしばしばあったし、今でもあるだろう。著者はそれを認めつつ、解決策を提示している。批判は、具体的にするべきだ。「旧弊な医師はやめさせて、新しく民主的な医師を養成すればよい」というような案は、まともな頭の産物とは思えない。
今でも、患者の言うことになかなか耳を傾けない医者に不満を抱くことはあるが、近年、医者の患者に対する応対は、目立って良くなったと感じる。にもかかわらず、医者への攻撃は、かえって強まっているようだ。本書への論評を読むと、私には、多くの人が自分の一番痛いところを突かれていきり立っているように見える。
著者は、さまざまな本を引用、紹介していて、いずれも著者の思考過程をたどる上で興味深い。
最後に一言、割り箸事件の原告は、単に「医師の責任の有無」を争ったのではない。男児が死亡したことに対して9000万円近い賠償金を要求したのだから、医師に少しでも責任があれば、過失相殺が問題になるはずだ。
残念ながら、前著から進歩無し・・・
前著『医療崩壊』のマイナーアップデートです。
前著には★★★★をつけましたが、1年後に出版された本書には★★2つです。
理由は単純。「進歩が無い」からです。
幸運にも前著と本著の発行の間に著者の講演を直接聴く機会を得ました。
講演も踏まえて、本書を読むとよく分かったのですが、著者の考え方の根底には何やら、本当の「医療正義」とは無関係な何かが見え隠れします。
医療はあくまで、患者の生命・健康を守ることが、第一義です。
無論、それは患者(=病客)のあらゆる注文に応える事とは似て非なるものです。
患者の言うことなら、何でもカンでも聞けばいいものではありません。
ただ、そのことが患者や患者の家族が医療に「期待してはいけない」ということにはならないはずです。
事実、私自身、現場の医師達は、社会的に「いじめられた」から声を上げだしたのではないと思っています。
医療政策や医療を取り巻く風潮が、医療を歪め、その実害が正に「患者に」及ぶようになり、
医者個人の「努力」だけでは患者を守りきれなくなってしまった、責任を果たせなくなってしまった、からこそ医師達が発言しだしたのが実態です。
医療に必要とされているのは、第一に「患者を守る」システムであり、「医者の免責システム」ではないはずです。
そういう意味で「医者を責めれば、患者を守るシステムが構築できる」と勘違いしているマスコミや警察の発想は本末転倒です。
しかし「免責システム」があれば患者を守れるかと言えば、やはり答えはノーです。
東大を卒業し、虎の門病院にお勤めになっている著者は「医師免責システム」を構築し絶対に自分に火の粉がかからない環境を目指しているのでしょう。
医者を責めれば医療が良くなるとは思いません。しかし、医者が取るべき責任から逃げ出しても、医療は良くなりません。
講演会で飽くまで「免責システム」を主張する著者に、私は医者として違和感を覚えました。
治療前に現実的リスクを知り、心構えする
医療=いかなる事態が治療中に起きても、その危機を回避でき、それができない場合は医療過誤として医療従事者が多大な責任を負う。
司法・メディア(世論)・患者とも、これが常識として刷り込まれているが、医療従事者からすれば、毎回不確実な自体に備え対処し続けており、ミスでなくとも患者の期待する結果が得られぬ場合が往々にしてあるのが実際のところ。
その不確実の結果を、現在のように医療従事者個人の責任とするのではなく、不確実因子を少しでも減らす為に、その原因をフィードバックしたシステムを構築し、犯人探しゲームはやめようとの主張に大いに賛同した。
著者の勤める虎ノ門病院では、その方向で努力されており、情報公開、調査委員会、医療安全推進委員会、報告制度などにより担保されている。
公的病院であるからこそできるのだろうが、医療費予算の分配を、このシステムや患者と医師が対立しない補償制度に費やすことなく、開業医に偏った現状のままであれば、「立ち去り型サボタージュ」は減らず、米のように医療は金持ちだけが受けられるもの、になるのではないかと危惧する。
世論が誤った選択を続けないよう、広く読まれて欲しい本の一つだ。
